はじめに
(上記は冒頭記事「はじめに」へのリンクです。先にこちらを読んでいただくと後の内容が理解しやすくなるかと思います。)
ここではゼノブレイド3の物語がどのようなものだったのかについてまとめます。
先に断っておきますとこれはあくまで僕個人の解釈です。なるべく論理だてて説明していくつもりですがそれが正しい、必ずこうだと決めつけるものではありません。
これを読んだ皆さんがゼノブレイド3という物語の解釈を深める一助になれば幸いです、といったものです。
■ゼノブレイド3の全体のテーマについて
個別で説明する前にまず概要としてこのゲームのテーマがなんだったのかについて話したいと思います。
僕は物語は基本的に核となるテーマ、伝えたいことがあって、それを元に脚本や世界観設定、各登場人物が作られていくと考えています。逆にテーマを無視した設定は基本的には作られないと思っています。でないと伝えたいことがあやふやになっていくので。
なので物語を深堀りしていく際にまず重要なのは物語のテーマを知ることだと考えています。
さて、話を戻しますがこのゲームのテーマは
「想いを託されたノア達が未来を切り開く物語」
だと考えています。
本編やDLCをやった方ならなんとなくそういうテーマだったと伝わるかと思います。
さらに、僕はそこから発展して
「ラッキーセブンという"みんなの想い"の集合体を託されたノアという"胎児"が、アイオニオンというゆりかごから出て"この世に生を受ける"までの物語」
と解釈しています。
(特に重要だと感じた部分は""で囲いました。)
色々初出のワードが出てきて?となる方もいるかと思います。一つずつ説明していきますので今はなんとなくそんな感じか…?くらいに思っていただければ大丈夫です。
■ラッキーセブンに宿る"みんなの想い"について
ゲーム内でもノアの大きな力となったラッキーセブン。ここではあの刀が一体どういうものだったのか話していきます。
まず、ラッキーセブンについて整理しましょう。
・ラッキーセブンはオリジンの金属から造られている。オリジンは記憶や魂の集合体である。
・創ったのはメリアちゃんである。
・メリアちゃん曰く「この剣には"大切な人"が宿っている」。
・リク曰く「"みんな"がここにいる」。
まぁそんなところでしょうか。
ラッキーセブンにはメリアちゃんにとって「大切な人」が宿っているようです。ここで僕が説明したいのはそれが誰かについてです。
では、それは誰なのでしょうか?
メリアちゃんにとって大切な人というとぱっと思いつきそうなのはフィオルンやダンバンさん、リキといったかつての旅の仲間かと思います。
けど、それは少し違うんじゃないかというのが僕の考えです。
ゼノブレ1、特につながる未来をプレイした方ならわかっていただけるでしょうが、
メリアちゃんにとっては旅の仲間だけでなくタルコやテト、カリアンやソレアンといった自分と関わりのあるすべての人たち、「みんな」が大切な人だと僕は考えています。
ゲーム的に表現するなら"キズナ"を持つ人たちと言ってもいいかもしれません。
また、オリジンは巨神界とアルスト、2つの世界の人々の記憶や魂の集合体であると言及されていますが、3DLCでオリジンには2世代前の世界である「クラウスの世界」まで記憶されていることが判明しています。
それはアルヴィースの記憶によるものです。メリアちゃんやニアの存在まで鑑みれば「クラウスの世界」から巨神界、アルストに至るまでのゼノブレイドシリーズのおおよそ全ての記憶情報が存在しているとは考えられないでしょうか。
これらのことから僕は
オリジンから創り出された「未来を切り開く力」を持つ刀であるラッキーセブンは
「過去から今に至るまでのみんなの記憶と魂、すなわち想いの集合体」なのではないかと考えています。※ 1
その中にはもちろんフィオルンやダンバンさんたち、かつての旅の仲間もいると思います。
ホムラやヒカリ、ジークやメレフなどアルストの人たちもいるかと思います。
ノアが振るっていたラッキーセブンはそういう性質のものであり
ゼノブレイド3は「みんなの想いを託されたノアが未来を切り開く物語」だったのではないかと考えています。
※1
追記になりますが、2024年4月1日発売の「アイオニオン・モーメント」にて「ラッキーセブンにはフィオルンの意思が宿っている」という趣旨の説明がなされました。
僕の従来の解釈と異なる内容ではありますが、その後の高橋監督の発言内容に「各々が世界を変えるために肉体やモノなど、何らかの形を取ってあの世界に表出している」という趣旨の発言があります。
なので「オリジンは過去から今に至るまでのみんなの記憶と魂、すなわち想いの集合体である」「ゼノブレイド3はみんなの想いを託されたノアが未来を切り開く物語である」という従来の解釈はそのままに、その中でも特に「(みんなの内の一人である)フィオルンがアイオニオンという世界を変えるために選んだ形がラッキーセブンである」という解釈を追記しておきます。
■アイオニオンにおける命の在り方について
ゼノブレイド3では物語中で「正しい命の在り方」を定義する要素が2つ存在すると僕は考えています。
1つは「親子の繋がりを持つこと」です。
より正確に言えば「想い」を受け継ぐ関係性を持つことです。
ケヴェスとアグヌスの兵士は親子の繋がりを持っていません。その一方でシティーの人たちは親子関係を持っています。
この2つは明確に対比された存在として描かれています。
そして技術、形見、愛情、願い。様々な形で「想い」が親から子へ託されていく様子がゲーム中で描かれています。
ゼノブレイド3では明確に「想い」を託す関係性の、いっとう特別な物として親子を定義しています。
もう1つは「命」です。
ケヴェスとアグヌスの兵士の寿命は10年程度です。一方、シティーの人間は現実の人間と同じように80年程度の寿命を持っています。
これも明確に「正しい命の在り方」として定義されています。
そして、本編の出産立ち会いのシーンや3DLCのエンディングでシュルクとレックスがニコルとカギロイに命を託したように、それもまた親から子へ託されるものと示されています。
まとめるとゼノブレイド3においての「正しい命の在り方」とは「親子の繋がり」、
すなわち「想い」と「命」を受け継ぐ関係性を持つことです。
そして、3本編の主人公であるノアたち6人は親という関係性を持ちません。まだその概念すら知りません。それと寿命、すなわち命を持っていません。
言うなれば彼らはこの世にまだ生まれていないのです。
まだ親と子の繋がりを持たない者。
まだこの世に生を受けていない者。
親から子へ、「これから」想いと命を託されていく者。
つまり、ノア達は「胎児のような存在」なのだと僕は考えています。
これから生まれる者と言い換えてもいいでしょう。ケヴェスとアグヌスの兵であるノア達はそういった存在なのだと思います。
■ゼノブレイド3は"生命賛歌の物語"である
ここまで長々と説明しましたが、僕がはじめに述べた
「ラッキーセブンという"みんなの想い"の集合体を託されたノアという"胎児"が、アイオニオンというゆりかごから出て"この世に生を受ける"までの物語」
という言葉の意味もなんとなく見えてくるかと思います。
ラッキーセブンが過去から今に至るまでの「みんなの想い」の集合体であり、ノア達ケヴェスやアグヌスの兵が「胎児」のような存在だとするならゼノブレイド3は
みんなの想いを授かった胎児がこの世に産声を上げるまでの物語
だったと言えるのではないでしょうか。
1ではシュルクという少年が仲間とともに未来を選び取る物語を描き、2ではレックスという少年がホムラ、ヒカリという少女と出会う物語を描きました。
そして、3で描かれたのはまさにその先、かつての少年たちが大人となった先の物語。
ゼノブレイド3はまぎれもなく生命賛歌の物語だったのでしょう。
以上が、僕が解釈したゼノブレイド3の物語です。
各章へのリンク
1.物語の解釈(この記事)
2.聖書的解釈
3.世界観設定の考察
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